トイ・ストーリー4 | こんなことがあっていいのか

監督:ジョシュ・クーリー | 2019年

公開初日に、意気揚々とトイ・ストーリー4を観てきました。

200

あらすじ:トイ・ストーリー3のその後。

point
・この映像美!! オモチャの質感までわかるのすごい
・最初から最後までぬぐえぬ違和感
・最後。最後。最後。

ネタバレあります。

 

トイ・ストーリー。ディズニー作品の中で、トップクラスで好きな作品。
トイ・ストーリー3の公開時も初日に観に行きましたが、今回も初日鑑賞。

「トイ・ストーリー3があんなに素晴らしい終わり方だったのに、どう展開するんだ!? 」って、思ってた。トイ・ストーリー4やるよ~~っていうニュースを聞いたときから、思ってた。ワクワクしたね。待ちきれない! 寝ておきたら公開日になってないかな~~~~って思ってた。

ここから先は、ネガティブになっちゃうから未鑑賞の人、「4も最高だったじゃん」っていう感想の人は避けてほしいんですが……

 

これから先、トイ・ストーリー4がある世界で生きていくのが辛い。同じ感想の人はいないかと、朝方4時くらいまでトイ・ストーリー4の色んな人の感想を読んでたんだけど、同じ人、いっぱいいた。あらすじ紹介のところに「トイ・ストーリー3のその後。」と書いたけど、そんなの認められない。認めたくない。どうしても無理な人は認めなくてもいいとさえ思う。

これね、みんな本当に同じようなこと言ってるけど、これね、まさにシュガー・ラッシュ:オンラインを観終わったときの感情とよく似てる。個人的には、シュガー・ラッシュ:オンラインよりはトイ・ストーリー4の方がまだなんぼかマシかなとは思ったけども、前作までの、トイ・ストーリーに関して言えば、1~3までのすべてがブチ壊しになった。あんなに感動して涙した3のラスト。アンディがボニーに、躊躇しながらもアンディを渡したシーン。ボニーの住所を書いたウッディの気持ち。ウッディをはじめ、大切なおもちゃをボニーに譲ったアンディの気持ち。全部ブチ壊し。踏みつけだった。3のラストシーンが悪夢になってしまった。

私は3のウッディに言いたい。

「みんなと一緒に屋根裏へ行け」
「ボニーの住所を書いちゃいけない」
「アンディ!!!! ボニーにウッディを渡しちゃダメだーーーーー!!!!」

って。

なんで、ウッディがあんな扱いをされてる?
なぜ、ボニーをあんな風に描いた?
ホコリをかぶるウッディ。見向きもされないウッディ。ボニーのパパに踏みつけにされるウッディ。辛い。意味がわからない。

3のラストで、アンディは“ウッディの一番すごいところは友達を見捨てないところ”って言ってた。これは、3に限らずにシリーズを通して一貫されてきたこと。そして、おもちゃとして、子供(持ち主)のそばにいる、これを貫いていたのが、ウッディ。何があっても、それは曲げてこなかった。

のに、4のウッディは別人みたいになってしまった。
途中、バズが「私を置き去りにしたじゃないか……」みたいなことを言うシーンがあるんだけど、ここが本当に辛かった。もう私の知ってるウッディじゃないんだ、って。逆にいうと、バスはポンコツな部分もあるけど、安心してみていられるなぁって。4での収穫はバズがもっと好きになれたことくらいかな。

全体を通して、バズはあまり活躍しない。ほかのアンディのオモチャたちは、ほぼ活躍しない。なんならほとんど出てこない。新キャラと、ボー・ヒープが7割って感じ。ウッディの相棒、バズじゃなくてボーになった? って思うくらい。ボーの再登場、期待していただけに本当にガッカリだった。

どうしてこうなってしまったんだろう。

極めつけに、ラストね。
まさか、こんなことが許されるのか? って。なぜトイ・ストーリーでこれをやるんだ。「自分の選択」「与えられた運命からの脱却」実にいいメッセージ。でも、トイ・ストーリーでこれをやってしまったら、ウッディにそれをやらせてしまったら、今までが全部茶番になってしまう。「でも最後、結局ウッディは……」って、前作のどれを見ても、冷ややかになってしまう。ブチ壊しだよ。

辛くて悲しくて、全然感想がまとまらないよ……
これに高評価つけられる人って、どれだけ大人なの。どう捉えたらそうなれるの。まったく落としどころが見つからないよ……

私はトイ・ストーリー4のない世界に行きたい

もうトイ・ストーリー、見れないかもしれないな。
シュガー・ラッシュ:オンラインのときも思ったけど、前作ブチ壊すなら、続編なんてやらなくていい。前は「ディズニーだから見終わったらハッピー! 」って安心していられたけど、王道ハッピーが好きな私にとって、今のディズニーは怖すぎる……。

 

☟2019年7月14日追記

色んな人の感想を読んだり、ちょっと時間をおいたこともあり、自分なりに色々と考えていました。(トイ・ストーリー4をみてから、トイ・ストーリー4のことしか考えてない)

ハッとさせられたのが、『3はウッディとアンディの別れを描いた。4は、ウッディと私たちの別れを描いたのではないか』というやつ。着地点がまったく見つからず、なかったことにしたい……ってただひたすら嘆いていたけど、ようやくなんとか、「まぁこう考えれば…? 」というのを見つけられた気がする。

ボニーは、普通の子供だった。トイ・ストーリー3の時点では、心優しい良い子、アンディのおもちゃを引き継ぐのは君だ……って思ってた。君しかいない。大切にしてくれよ……って。今思えば、ウッディが住所を書き、アンディが託したんだから、そうなんだろう、そうであってほしいという願望も含まれていたかもしれない。結局トイ・ストーリー4のラストで、これに泥が塗られ、悪夢以外の何物でもなくなったわけですが……

こう考えることはできないだろうか。アンディが特別だった。ボニーはあくまでも、普通の子供で、どんなに優しくても、そのときのお気に入りのおもちゃを大切にしたとしても、“普通”なの。

そういえば、「子供はおもちゃに飽きるもの」「いつかは忘れていくもの」みたいなメッセージも、4に限らず投げかけられていた気もする。ボニーはあくまでも普通の子で。4でウッディがアンディを引きずっていることが見受けられる描写があったように、ウッディにとって、唯一無二の持ち主はアンディだった。アンディは、最後までウッディだけは手離そうとしなかった。これが、今回他のおもちゃと一線引かれた描き方をされている理由になるんじゃないのかな、と。

こう考えると、アンディと離れたウッディが、“おもちゃとしての役割”を終わりにして新しい道へ行くのは必然だったようにも思える。もちろん、バズやジェシー、その他のアンディのおもちゃとずっと一緒にいてほしかったという思いは100%あるんだけど、3でのウッディの特別感を考えれば……無理に納得しようと思えばできなくもない気がしている。

ま、どっちにしろ、トイ・ストーリー4はない方がよかった、なぜ作ったんだという思いは消えませんが。ハッピーなままで終わらせてくれ。これは私のエゴだとしても、こんなのトイ・ストーリーに求めてなかった。

トイ・ストーリー4を観てモヤモヤする人は、茶一郎さんのレビューをみると良さそう。まさに。まさに「危険な着地」だった。私含め、これに被弾した人が多かった。でも、被弾しなかった人もいる。

近年のディズニーを観ていると、ハッピーしかない『夢と魔法の世界』を期待するのは間違っているのかもしれない。期待してはいけない、とさえ思った。こんなふうに思うようになってしまったのが悲しい。アナ雪2、ズートピア2。怖くて観に行けないよ。もうこれ以上、大好きだった作品をグシャグシャにしないでほしい。どうか。

やっぱり最悪だ。

text

 

 

 

関連記事

ページ上部へ戻る